初めてのトレイルに飛び込んだ夏は、ねもっちゃんのこの一言で始まった。
最初の目的地はアイスランド西北部に位置するホルンストランディル自然保護区。厳しい環境により人々の定住が叶わず、手付かずの自然が残っている事で有名な場所。
そこに向かう船の上で、私たちは興奮でシャッターが止まらなくなっていた。

というのも…
フェリー乗り場に着くまでに、既に旅の洗礼を受けていたのだ。
交通手段の下調べが甘かった私たちは、レイキャビックを出発して、次のサービスエリアで乗り継ぐはずのバスが来ず、困惑していると他のバックパッカーがそのバスは週に2日しか運行していないと教えてくれた。
船も宿も予約していた私達は引き返す事も出来ず、急遽ヒッチハイクをする事になったのだ。

ネモちゃんにヒッチハイクの極意を教わり、満面の笑みで親指を上げ続けた。
結果的に車を4台乗り継いで、7時間程かけてやっと港町にたどり着くことができた。
夏の旅だったのが幸い…これを冬にやったら凍えていた…。
乗せてくれた人達はみんなとても親切で陽気だった。寒く厳しい土地で強く生きる人々の人柄なのかもしれない。

船が半島に着き軽く身支度していると、白髪の男性が木材を運んでいた。気になって話しかけると、直ぐそこで家を直しているのだと言う。
お茶を飲んでいかないかと誘われ、ついて行くことにした。
彼が招いてくれた家は彼の祖父が100年前に建てた家。今では毎年夫婦でこの家を直しながら、夏だけこの土地で暮らしているらしい。
奥さんと犬も出迎えてくれて家の中を案内してくれた。

壁に大事に飾ってある古い写真を見せてくれて、祖父の時代に人々がホルンストランディルへの移住を試みた話も聞かせてくれた。
北国に住む人は強い。
この土地にも過去に人が住み着こうとし、自然の厳しさ故に撤退したとされる地域がいくつもあった。だがそれがたった数世代であれ、そこに人は住んでいたのだ。
冬には布団から出られなくなる私なんて笑われてしまうだろう、、

お客が珍しかったのかコーヒーやクッキーやクリスマスケーキを次々に出してくれて、私達は島に着いてから100歩も歩かず大寄り道してしまった。
楽しくお喋りして気づけば午後1時を過ぎてしまい、私たちはついに出発することにした。

夫婦と犬に別れを告げ、私達はホルンスタンディルに踏み出す。
真夏といえど北極圏に近いため空気は肌寒かったが、日本の高山で見かけるような草花が青々と茂っていた。

普段山登りにも行く私だが、ロングトレイル用の大荷物を背負って歩くのは今回が初めて。
日本を発つ前に10リットルの水を背負って歩き回る自主練をしたつもりだったが、足場の悪い獣道のような足場では中々歩くスピードは上がらない。
ネモちゃんは体が鈍っているとは言いつつ、半年前に3ヶ月ニュージーランドを歩いていただけあって流石、軽やかに歩いている。
少しずつ標高を上げて行くと、フィヨルド地形が見下ろせるようになってきた。
氷河が削った地形に海水が流れ込んでできた入江をフィヨルドという。この半島がこの形になるまでに一体何万年かかったのだろうか、氷河期にはこの国全体が氷河に覆われていたのだろうか。
フラフラとゆるい坂を登りながらうっすらそんな事を考えていた。

石がゴロゴロ転がる道と沼をいくつか超え、ピークに近づくと雪がまだ残っていた。
滑らないように歩いて山頂を超える。
この時点で足はもうガクガクだったけどまだルートの半分にも達していないと知って少し焦った。

山の反対側を海まで降りて海岸沿いにあるけば今夜宿泊する予定のキャンプ地だ。
そこから無心に歩き続けた。
不安定な道を歩き続けていたため足首の感覚がなくなっていく。自分の体の軟弱さをひしひしと感じた。

西陽を浴びながらやっとキャンプ場に到着。
だがこの時衝撃的なことに気づく…北極圏の夏は日が長いと言えど、夕陽と思って見ていた空は真夜中の空であった。
日暮れを気にせず歩ける経験は初めてだ。
午前1時を超えると空が暗くなってきて、急いでテントを張って夕飯を作る。
とにかく早く寝たい一心だった。
~「一緒にアイスランド歩かない?」② へつづく~
