自然の中で、自然に暮らす。
房総半島の南側、太平洋に臨む千葉県鴨川市。ここには海も山もある。豊かな自然がある。井上隆太郎さんは、この地で環境に配慮した農業をしながら里山に暮らす。無農薬・無化学肥料で育てられる井上さんのハーブやエディブルフラワーは「植物そのものの味がする」と評判だ。都内のレストランを中心に、毎日たくさんの注文が届く。
井上さんは東京で生まれ育った。都市の真ん中で大人になった井上さんは、やがて花や植物で空間をディスプレイする仕事に就く。着飾った人々が集うきらびやかな場所を何度となく彩り、人々が言う「成功」を収めたのかもしれない。ただ、翌日には廃棄される大量の生花を見て、井上さんはうずくものを感じていた。
いったい何のための花なのだろう。無機物ばかりの環境に連れてこられ、役割を終えれば目もくれられない。花は花としてあるべき場所で咲いていた方が美しい。自然に、あるがままに、植物は本来そう生きている。自分もそんな風に暮らせないだろうか。
妻と長男の家族3人で鴨川に居を移して7年が経った。生計を立てる手段も変わった。それでも井上さんは、移住とは言わない。「だって、そんな大袈裟なことじゃないから」。魅力的な場所を見つけたから引っ越して、まわりの人たちと打ち解け、その土地に根ざした生き方をまっとうする。自然の中ではやりたいことが多すぎて「1日が24時間じゃ足りないよ」と悲鳴を上げる。齢四十五を迎えたというのに、こんなにも生活が楽しい。
井上さんが営む農園のテーマは「Edible, Foraged, Genuine」。飾りではなく食用であること、自然を主体として恵みを受けること、虚飾ではなく本物であること。重要なのは、本質的かどうか。それこそが日々を楽しく生きるためのフィロソフィだ。誰かの、なにかの借り物のスタイルなんて必要ない。
中秋を過ぎてなお強い日射しが降り注ぐ鴨川で、井上さんとMOCの邂逅を追った。
2022年10月、MOC+OCTOBER=MOCTOBER。その記録。
井上隆太郎
ハーブやエディブルフラワーの栽培を開始。2018年に「苗目」を設立。多品目の栽培と採取をはじめ、近年は環境再生にも取り組む。妻・裕美さん、長男・然太くん、チャーリー、ルイとの3人+2頭暮らし。
MOC COLLECTION
PHILOSOPHY
井上隆太郎さんとMOCとのあいだで
共鳴する5つのフィロソフィ。
なにかに流されるのではなく、
自分のためにMOCを履こう。
PHILOSOPHY 01
気温が上がって花やハーブが
元気を失ってしまわぬよう、
毎朝、陽が上がって間もないタイミングで
ハウスに向かう。
できるだけ植物が本領を発揮する状態で
届けるために、
採取したらすぐに梱包して、
その朝のうちに出荷する。
世界中から集めた花やハーブは、
どれも原種に近いものばかり。
誰もが好むように加工されたり
調整されたりしていないから、
味が強くて香りが強くて癖が強い。
つまりは、本物。
料理のことはわからないけど、
うまく使ってくれているだろう。
この価値をわかってくれる料理人なら、
きっと大丈夫。
取材を受けると、
よく聞かれる質問がある。
「なぜ飾りではなくて、
食べられる花にこだわるのですか?」
そんなときは言葉を尽くすよりも、
食べてもらう方が話が早い。
ほとんどの人が、その問いに
意味がないことに気づいてくれる。
固定観念にとらわれているから、
花は装飾用と思うのだろう。
野菜にも勝るとも劣らない風味があり、
うま味があるのに、
飾りの役割をお仕着せて食べずに
捨てるのはもったいない。
花がもともと備えている力を
引き出すために、できることをする。
それはこだわりというほどではなく、
当たり前のことだ。
PHILOSOPHY 02
無農薬・無化学肥料へのこだわりと言っても、
好んで茨の道を進んでいるつもりはない。
安心して食べられるというのは
当然にしても、
農薬を散布するのは
単純に手間が増えて面倒だ。
楽をできるなら、
それに越したことはない。
だから、鴨川で育ちそうな
草花や野菜を選んで育てる。
農薬と化学肥料の力を借りれば
どこでも育つ交配種は使わずに、
この土地、この気候で生き抜いてきた
在来種を中心に扱う。
あとは自然にしていれば勝手に育つ。
だって、
植物がそんなにやわなわけがないだろう。
無理をするからガタがくるのだ。
土に触れる生活を始めたときに
思い描いた理想がある。
農薬も化学肥料も使わないし、
畝もほとんど作らない。
花やハーブが自然に近い姿で生えていて、
雑草も我がもの顔で育つ、
まるで野原のような畑。
この妙な畑を気に入った人たちと
シェアファームを始めた。
畑のルールには従ってもらうけれど、
何を育てるかは自由。
「こんな野菜を育ててみたいんだけど」
持ち込まれる見たことのない苗や種を植えたら、
人事を尽くして見守るのみ。
けっして無理はしない。
育つか育たないか、すべては自然の思し召し。
ダメだったら別の何かを育てればいい。
PHILOSOPHY 03
NOVA/ANTORA SNEAKER MOC
パーを採用し、履き心地がより軽快に。アウト
ドアをもっとアクティブに楽しめる。
JUST
have fun
家族3人で暮らす家を
自分の手で建てようと決めた。
うっそうと茂る山を拓き、
倒した木を製材して、外構を整備する。
目指すのは、
留め具以外の99%が自然に還るログハウス。
手伝いにきてくれる地元の人や
移住してきた人たちと
息を合わせて、
少しずつ組み上げていく。
師匠に倣ったカナダ流のログビルディングでは
経年変化の大きい生木を使うため、
完成形が見えないのも面白い。
やることが多すぎて、3年が経ってもまだ途上。
この営みをアグロフォレストリーと
称えてくれる人もいるけど、
本当はただ、みんなと家を建てるのが
楽しいだけなんだ。
──ウッドデッキは
どれくらいの広さにしようか?
──皆が集まるテーブルはどこに設けよう?
新しい生活への期待を語りながら
家族3人で里山を歩く。
「別に田舎暮らしは望まないけど、
自然の中で暮らすのは好き」
妻の言葉に深く頷く。
自然は、驚くほどに刺激であふれている。
東京から越したこと、仕事を変えたこと、
里山で暮らすこと。
わがままに家族を付き合わせているのでは?
悩んだこともあったが、
どうやらその自問は不要らしい。
「やりたいことを応援しているわけじゃない。
私も楽しいだけ」
共に楽しむ仲間が家族にいる。
こんなに心強いことはない。
PHILOSOPHY 04
幼少時の一時期を海沿いで過ごしたから、
海は特別ではなく日常と
シームレスな場所だ。
視線の先では、たくさんのサーファーが
早朝から波を待っている。
この海岸は中央部に限り、
子ども優先の暗黙のルールがあるという。
年齢や性別を問わずに
楽しめるサーフィンにあっても、
他者への配慮を忘れない鴨川人の
やさしさが心地良い。
少し足を伸ばせば海とも山とも
いつでもつながれる。
おおらかな人々が
他者を気遣いながら受け入れている。
「この土地に惹かれたのは
必然だったのかもな」
目覚めの一杯を口にしながら、
そんな風に考えていた。
近所に住み、働く人たちで賑わう
昔ながらの定食屋に向かう。
引っ越して間もない、
まだ長男が幼児だったころ、
おにぎりと唐揚げのお子様セットを
いつもサービスしてくれていた。
その名残で、7年経った今も
彼の注文にだけ唐揚げがついてくる。
さまざまな土地で
移住者の迎え入れが活発になる中で
地元民と移住者とで
コミュニティの棲み分けが生じるのは、
仕方がないのかもしれない。
それでも、と思う。
少なくとも自分たちから
区別することはしない。
だってほら、
横で唐揚げを頬張る彼はもう、
地元とか移住とか関係ない
1人の鴨川っ子じゃないか。
PHILOSOPHY 05
To the
Future
考えてみれば、
若い頃から「最新」に興味がなかった。
古着、レコードと
その音楽、インテリア、旧車……ときて、
今は築100年に近い古民家に暮らしている。
愛車の1台のJEEPも、
愛好家に頼んで譲り受けた。
あまりに古いからと薄謝で済んだが、
修理費用はその10倍。
ただ、洗練や合理化が
進んでいない時代のものだからこそ、
デザインの各所にある遊びが魅力的だったり、
しっかり作られていて
結果的に長く使えたりする。
果たして、
いつまでこいつに乗り続けられるのか。
いつか訪れるその時まで、
日々手入れをしながら、愛でながら。
本物を作りたかったし、
作れればそれで良いと思っていた。
飾りではなく、
それ自体をおいしくいただける花。
料理やお酒に入れると、
しっかりおいしくなるハーブ。
子どもが生まれたことで意識が変わった。
誰だって、
我が子に悪いものは与えたくない。
だから農薬や化学肥料を使わないようにした。
堆肥づくりにも役立つので、
草を刈り、鶏と山羊を飼った。
それらが育つ環境を整えるために、
汗水を流す。
結果的にそれは、
自然を再生することになった。
この豊かな自然を、
美しさを保ったまま引き継ぎたい。
自分は彼に、どれだけまともな未来を
遺してあげられるだろう?
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